スポーツトレーナー

アメリカ留学コース卒業
群馬県立館林商工高校出身

お客様との会話を大切にした接客

Q:アメリカ留学して大学で学んだ内容について教えて下さい

スポーツ医学の中のExcercise Phisiology という専攻です。アスレティックトレーナーは一般教養も含めて4年間で学べるのですが、この専攻は幅広く専門の勉強だけで4年間かかりました。最初にJCFLから行ったフィンドレイ大学も含めて6年間大学で学んだことになります。内容としては心臓のリハビリがメインですが、人体の解剖学とか生理学、心理学なんかも勉強しました。

Q:留学しようと思ったきっかけは?

ずっと野球をやっていたんですが、ケガが多くて「トレーナーが必要だな」と思いました。当時通っていた接骨院の先生から「アメリカはその分野で進んでいるらしい」って聞いて、自分なりに調べました。それでJCFL留学科の資料も請求していたんです。その頃野球漬けで勉強を全くしていなかったので親も日本の大学には行けないだろうと思っていて、留学でもしたらどうかと言ってきたんです。それで「実はもう資料をもっているんだけど」と・・。偶然親の考えと一致したかたちでした。

Q:自分で直接アメリカ留学しようとは思わなかった?

ビザを取ったり、願書を出したり手続きを自分でできるとは、まず思っていませんでした。それからJCFLでは単位の移籍ができるので、それが大きかったですね。授業でスピーチの練習などもあったので、留学する前にワンクッションがあって良かったと思います。直接行っていたら留学してすぐに帰ってきていたと思います。

Q:JCFLとアメリカ留学してからの勉強はどうでしたか?

留学を目指すと言っても、ずっと野球をしていて勉強をしてこなかったので、まず勉強することに慣れるのが大変でした。(笑)スポーツをやっていると本なんて読みませんし。その分、電車の中で勉強したり、図書館で勉強したりするのに憧れがあって。アメリカ留学してからもコーヒーショップとかで勉強している自分が結構好きでした。(笑)

Q:アメリカに留学して専門知識や英語以外に得たものは?

音楽に出会ったことですね。デトロイトでブルースにハマって、ギターを始めました。CDなどを聞きながら独学です。それから、愛国心がわくようになったかな。8年間一度も日本に帰ってこなかったので、日本に対する憧れがありました。(笑)アメリカに行って日本人が世界でどう見られているのか客観的にわかるようにもなりました。

Q:アメリカで大学を卒業してから現在までを教えて下さい

まずインターンをしていたデトロイトのドミノピザ本社のジムでフィットネスコーディネーターとして働きました。それからサンフランシスコに行き、フリーランスのスポーツトレーナーとしても仕事をしました。昨年、日本に帰ってきて千葉のフィットネスクラブで仕事を始めたのですが、その会社に来ていたコンサルタントの人がその時日本パーソナルトレーナーズ協会というのを立ち上げの計画を練っていて、誘ってくれたんです。目立っていたからかな。(笑)日本ではこれまで、そういった協会が定着してこなくて、大手のスポーツメーカーなどが何ヶ月か訓練をしてそれだけで「スポーツトレーナー」と名乗れたので、レベルが下がってきていたんです。日本の専門などで学んだ人は、アメリカで勉強して来た人よりも知識の量が全然少ないですね。これからこの協会はどんどん定着していくと思うので、これからアメリカに行ってアスレティックトレーニングを勉強する人は、帰ってきたら是非この協会に来てください!

Q:トレーナーのお仕事のやりがいは?

痩せて「ありがとう」と言ってくれる方もいますが、リハビリで歩けるようになったおじいちゃんとかに泣きながら「ありがとう」と言われるとこちらも思わず涙ぐんでしまいますね。

Q:スポーツトレーナーを目指すひとにひとこと!

トレーナーでもスポーツ選手につく仕事やリハビリなど色々あります。でも、とりあえずアメリカに留学することをお勧めします。