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高校時代は留学に興味はありながらも、とりあえず日本の大学を目指していました。でも受験に失敗し1年間浪人。そんな時に、JCFLで留学を目指している高校の同級生に学校の話や留学の話を聞いたのが、現実的に留学を考えるきっかけでした。
JCFL留学科の1番の魅力は、アメリカ提携大学1年分の単位を日本で取得でき、アメリカ大学の2年次に編入できること。アメリカの大学を最短3年で卒業できるこのシステムは、浪人していた自分にとって、時間を無駄にしないという点で「これだ!」と思えるものでした。アメリカの大学ではバイオテクノロジーに興味があったので有機化学を中心に学びました。
様々な体験の中で身につけた国や文化を超えたコミュニケーション力は、社会人となった今、大いに役立ってい


大学では法学部で政治を学んだのですが、全てが本の上で終わっているようなモヤモヤした感じがありました。もともと、手で触れられるものや、自分で何か作り出すことに興味があったので、この際やりたい事をやってみようと思ったんです。でも日本の美大ではデッサン力が重視されると聞いていたので、そのスキルを学ぶためだけに予備校に行くのはバカバカしい、だったらアートで世界的に有名なイギリスに行くのはどうだろうと思ったんです。アートはゼロからのスタートでしたが、教えて頂くのがもったいないような中村先生、齋藤先生に教えて頂いて、知らず知らずのうちに力がついたようです。ゴールドスミスカレッジ入学の際は、ファウンデーションを免除してもらい、コースでは現地のファウンデーションを終えた人よりも上の評価をいただけました。


高校卒業後、動物病院でアシスタントとして3年近く働いた経験があるのですが、やはりアシスタントができる事は限られていて、自分も獣医になりたいと思いました。日本の獣医学部は定員数が決まっているから入るのが大変だけれど、海外は学力が基準を満たしていれば入れる所が多い。オーストラリアはファウンデーション(学部進学のための予備課程)をクリアすれば入学できると聞き、留学を決めました。英語も身につけられるところも魅力でした。今は絶えず宿題に終われ、実験準備、実験、レポート、講義、チュートリアルetc.,と本当に忙しいです。特に理数系が得意という訳ではなかったので、ファウンデーション時代は苦労しました。ただ、そこで苦労した分、少し楽な部分もあります。学部から3年間の博士課程に進む時はまた審査があるので、少しでも上の成績を目指して頑張っています。


広告代理店の営業だったので、デザイナーさんと一緒に仕事をする機会が多かったんです。自分もやってみたいという気持ちが徐々に大きくなって、働きながらデザインコンペに応募していた時期もありましたが、技術も何もないから納得できるモノにならない。だったら本格的にやってみるか、と。やるんだったら海外に飛び込んだ方が面白いと確信がありました。 僕はアートのバックグラウンドは全く無かったので、ドローイングスキルといった基本的な部分は全部海外芸術大学留学コースで得たものです。あとはプレゼンテーションのやり方ですね。ぼんやりしたアイディアを英語で伝えるって難しいんですが、それでも自信を持って伝えられるのはJCFLで美術のプレゼンテーションを経験していたからだと思います。


高校では周りと同じように日本の大学受験を目指していました。ただ、受験勉強をするうちに、“なんで自分はレジャー化した日本の大学にわざわざ行くんだろう。”と迷ってきてしまって。「日本の大学が全てじゃないよ。海外にも目を向けてみれば?」という海外の友人の一言で、留学を真剣に考えるようになりました。結局、受かっていた大学には行かずに、働いて留学の準備をスタート。最初は「1年目までは面倒見るけど、その後は自分でやりなさい」と親には言われましたが、留学先で自分でアルバイトをして生活費を稼いだり家族に留学の様子を伝えたりしているうちに、学費は祖母が出してくれることになり、家族からかけられる言葉も「早く帰っておいで」から「頑張りなさい」に変わりました。自分なりに計画を立てて行動していけば、たとえ道が違う方向へ開けていったとしても後悔はないと思います。