翻訳家、主に放送翻訳 1995年 英語上級専科 通訳・翻訳専攻卒業 東京・上智大学文学部ドイツ文学科出身 |
英語上級専科 通訳・翻訳専攻を卒業し、TBSの放送通訳などを経て現在は翻訳家として主にジャーナリズムの世界で活躍する卒業生が来校しました!第二次世界大戦に関する服部さんの調査活動は朝日新聞でも取り上げられ、12月4日から約1週間にわたり連載されました。翻訳家になるまでの道のりや翻訳の醍醐味について聞いてみました。
A 大学卒業後に大型プレスメーカーの海外営業部に就職したのですが、思ったほどには自分の英語力を活かせないと感じました。何よりも仕事に興味が湧かなかったので、本格的に通訳・翻訳の勉強をするためにJCFLの英語上級専科 通訳・翻訳専攻に入りました。放送通訳の仕事もやりましたが最終的に翻訳を選んだのは、翻訳の作業がおもしろくて仕方がないのと、通訳で必要な‘瞬発力’が自分にはないと感じたからでしょうね。
A 通訳・翻訳の技術そのものというよりは、‘こう学べばこんな風にスキルを伸ばしていける’というような、通訳・翻訳に必要な勉強の仕方を学んだという気がします。例えば、文章を読むときにどう読むか、どんな点に気をつけて聞くか。それまでは英語力があれば何とかなるだろうと思っていましたが、言葉に物凄く注意を払うようになりました。中でもJCFLで学んだ一番大きなことは‘色々なことに興味を持つ、疑問を持つ’という姿勢です。とことん調べることの楽しさを知ったのもここでの勉強を通してでしたね。
A JCFLの先生からNHKで放送通訳をしている方を紹介して頂き、お話を聞く機会があったのですが、その時に「一生懸命やって3年でモノにならなければやめなさい。」というお言葉を頂戴しました。卒業してから3年間は通訳と翻訳のWスクールをしながら必死で勉強しました。今では‘魔の3年’と呼んでいますが(笑)、とにかく必死で勉強してちょうど3年目、やっとTBSで放映する海外ドキュメンタリー番組の翻訳の仕事などをもらえるようになってきました。通信社の金融・経済分野の翻訳者として採用が決まったのも同じ頃でしたね。日中は通信社で仕事をし、夕方はTBSのニュース番組の放送通訳・翻訳者として仕事をする生活でした。
A 会社によっても違うと思いますが、私の仕事場ではバイリンガルルームと呼ばれる部屋で翻訳者たちが原稿を打ち、随時アナウンサーのブースに入れていきます。アナウンサーはエディターの役も務めながら、ニュースを読み上げていきます。放送直前や放送中に入ってくるニュースもあるので、ものすごい慌ただしさです。
A 活字になっている翻訳とは違い、放送翻訳はアナウンサーが一息で言える長さにしなくてはいけないし、耳にすんなり入ってくるような単語や文章にしなくてはいけない。随時変わる時間配分によって翻訳する文字数も調整する、など短時間で色々なことに気をつけなければいけないのですが、それが面白さでもありますね。翻訳にひねりを効かせられた時に感じる「やった!」という爽快感もたまりません。車のトピックスの時に車輪や運転など車にちなんだ表現をちりばめてみたり、プレスリーのトピックスではさりげなく歌のタイトルを織り交ぜてみたり。
A 翻訳はずっと続けていきたいですね。今、どうしても翻訳したいものが1つあるので、まずはその翻訳を完成させることが具体的な目標です。戦争というトピックにも昔から関心があるので、このトピックスはこれからも追っていくと思います。あとは、こうして1つひとつ取り組んでいけば、また新たなチャンスがあるだろうと思っています。
A 中途半端にやらないこと。勉強でも何でも必死になってやって下さい。それだけ必死になってやれば使いモノになります。語学力だけでは物寂しいので、付加価値をつけるためにも色々なことに興味を持って、そこを育てていけばいいと思います。これは私自身も翻訳をする上で大切にしていることですが、自分が知らないことを変に恥じないこと、知っていると思い込まないこと、そして知らないことを聞きに行く勇気を持つこと。チャンスは必ず来ます!