No.3
様々な人との出会い
月日がたつのは早いもので、カルフォルニア州立大学サンマルコス校にトランスファーをしてそろそろ2年になろうとしています。そして今振り返ってみても、ここに来たのは本当に正しい選択だったと思うのです。特にこの1年で、私の周りはひどく騒がしくなりました。ひどく騒がしく、愉快で、それでいて心が休まるように。もうすぐ夏休みが終わろうとしていますが、今年の夏も充実した楽しいものでした。
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この学校に移ってきてすぐの頃、私の友達作りを助けてくれたのは、Global Connections(旧International Club)の存在でした。このクラブはビーチBBQや学期末のランチ、そして月に一度のInternational Coffee Hourと、いろいろな人と出会うためのイベントをたくさん主催しているクラブです。そこで私はまず、世界各国からの留学生の友達を作りました。この大学の校訓のひとつがEmbrace Diversity(多様性の受容)なので、留学生の受け入れを積極的に行っているせいもあり、スペイン、イタリア、スウェーデン、トリニダード・トバゴ、西アフリカ、南アフリカ、中国、韓国、日本、タイ、パキスタン、バングラディッシュ、エクアドル、アルゼンチンなど、世界中から学生が集まっています。私は現在クラブで、自分の学部での勉強を生かして広報を担当しています。
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その後、学部の授業を取り始めた私は、同じ学部の友達を作ることが出来るようになりました。うちの学部はそんなに大きくないので、何個かクラスをとれば、おのずと顔なじみが出来てしまうのです。その中でも、私が同じアート専攻の人間としてそのセンスを信頼し、学校外でもとても仲良くしてもらっている友達とは、去年の春のクラスで出会いました。私が恩師と仰いでいるそのクラスの教授は、ヨーロッパではとても著名な立体美術のアーティストです。彼女自身がアメリカに留学生としてやってきた経緯があるので、私にもとても親身になってサポートをくれ、本当に素晴らしい女性であり、教授であり、アーティストです。教授のクラスはクラスメイトから学ぶことを重視していて、学生に自分達の作品やアイデアをシェアするチャンスをたくさん作ってくれました。仲良くなった友達に共通しているのは、彼らが何かしら、異文化のバックグラウンドを持っているということです。たとえばご両親がフィリピンやパレスチナ、ドイツからの移民だったり、自分自身がイタリアやメキシコ、台湾で育っていたり。彼ら独特の「育ってきた環境の違い」は、島国育ちで無知な私の目を、いつでも開かせてくれ、作品へのインスピレーションをくれます。そして教授が基礎を作ってくれたシェアの習慣はいまだに私たちに根付いていて、顔を合わせればお互いの作品について話し合っています。
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けれどそんな刺激的な日々に疲れてしまったとき、私には心を休めることができる場所があります。私には、というより私たち留学生には、アメリカの両親と慕っているご夫婦がいます。よく私たちを自宅でのディナーに招いてくれるご夫婦で、今年の夏も、独立記念日の花火をサンディエゴ湾の方までみんなで一緒に見にいきました。奥さんはいつでも自宅を、ここはあなたの家よ、と言ってくれます。ここはあなたの家よ、だからいつでもいらっしゃい。自分の国から飛行機で十時間以上も離れたこの町に、困ったときに帰ることができる場所を持てる。このご夫婦は私たちに、学生生活に疲れたときに戻って来る場所があるという“保険”をかけてくれる存在なのです。それほど心強い“保険”はありません。
時々、1年前のことを、時には2年前のことを思い出します。そのころ私は、こんなに充実した日々を得ることを、予想すらしていませんでした。私の発する波動は、私の周りのたくさんの人々に呼応し、優しく、時に力強い波動として、私に跳ね返ってきます。そのことの幸福。それが私を、明るいほうへ、明るいほうへと動かす原動力になっているのです。





